イワン・ファルス-プロジェクト13(Proyek 13, 1991)
放射線についてきちんと知っている訳じゃないけれど
ウラニウムについてきちんと知っている訳じゃないけれど
プルトニウムについてきちんと知っている訳じゃないけれど
放射能の寿命が長いことは分かっている
核廃棄物の行方なんて分からない
どうやって保管するのかも分からない
安全性に確信なんて持てない
あの場所で放射能漏れが起きたじゃないか
今、いったい何が起こっているんだ?
心の通わない考えなんてもうたくさんだ
制御の利かないテクノロジーなんか必要ない
僕は未来の切り売りなんてしたくはない
わずかな電力のために、多くの混乱が起こっている
テクノロジーを否定するつもりなんて全くない
でも、僕はそれ以上に人の心を信じている
産業には電気が重要だってことは分かってる
でも、産業が未来を脅かすなんてあってはならない
今、いったい何が起こっているんだ?
原子炉を買って苦しむよりも
核廃棄物に頭を痛めるよりも
子孫に恥ずかしさを覚えるよりも
僕は日々の営みを歌っていきたい
原発に関する情報を公開せよ
先進国の危険を回避せよ
見栄を張り続ける必要なんてない
原発建設の中止を望む
今、いったい何が起こっているんだ?
これから一体何が起こるんだ?電気には多くのエネルギー源が必要だと言うけれど
この選択を僕は当然疑っている
先進国では原子炉が閉められたじゃないか
この国が導入する理由にはならないはずだ
僕は太陽エネルギーの方が好きだ
僕は地熱エネルギーの方が好きだ
僕は風力エネルギーの方が好きだ
僕は潮力エネルギーの方が好きだ
【「プロジェクト13」あるいは「不吉な計画」-イワン・ファルスと原発問題に寄せて】
「ぼくには原子力発電についての詳しいことはわからない。ぼくが知っているのは、放射能の影響は長く消えないで残るということだけ。原子力発電は、人間の生活にとっていいことかもしれないけど、リスクが大きすぎる。そんな大きいリスクをかかえて、こういうプロジェクトをやるよりも、止したほうがいいんじゃないのと」(イワン・ファルス、1995年来日時のインタビューより)
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「もし原発が建設されるならば、私は音楽活動をやめるつもりだ」
2004年11月、インドネシア・中部ジャワのジュパラで原発建設計画が持ち上がった際、イワン・ファルスはジャカルタで記者会見を開くと、こう宣言した。この発言を受けて会場は水を打ったように静まり返った。自身のマネージャーである妻のヨスが厳しいまなざしを向ける中、「これはすでに私の公約となっている」とイワン・ファルスは語った。
2004年11月、インドネシア・中部ジャワのジュパラで原発建設計画が持ち上がった際、イワン・ファルスはジャカルタで記者会見を開くと、こう宣言した。この発言を受けて会場は水を打ったように静まり返った。自身のマネージャーである妻のヨスが厳しいまなざしを向ける中、「これはすでに私の公約となっている」とイワン・ファルスは語った。
会場の反応が示す通り、発言自体はやや唐突なものであるとの印象を受けるが、イワン・ファルスによれば、この「公約」は自身のソロアルバムに収録された曲「プロジェクト13(Proyek 13)」に端を発するものであるという。インドネシアの国民的歌手として現在も数多くの熱狂的なファンを抱えるイワン・ファルス。彼に「音楽活動停止」を宣言させるきっかけとなった「プロジェクト13」とは一体どのような曲なのだろうか。
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「プロジェクト13」は、1991年発表のソロアルバム「Cikal(イワン・ファルスの長女の名前に由来)」に収録された。イワン・ファルス自身の説明によると、インドネシアでは一般に13はアンラッキーな数字とされるため、「プロジェクト13」というタイトルは「不吉な計画」を意味する。「不吉な」という言葉が示すように、「プロジェクト13」では原発建設に対する極めて率直な批判が展開されている。
放射線についてきちんと知っている訳じゃないけれど
ウラニウムについてきちんと知っている訳じゃないけれど
プルトニウムについてきちんと知っている訳じゃないけれど
放射能の寿命が長いことは分かっている
核廃棄物の行方なんて分からない
どうやって保管するのかも分からない
安全性に確信なんて持てない
あの場所で放射能漏れが起きたじゃないか
もっとも「原子力発電についての詳しいことはわからない」とイワン・ファルス自身が認める通り、「プロジェクト13」は専門的な見地から原発を批判した曲ではない。むしろ、チェルノブイリの原発事故を暗にほのめかすことで、原発の安全性に対する懸念を歌詞中に色濃く反映した曲といえる。「ぼくが知っているのは、放射能の影響は長く消えないで残るということだけ。原子力発電は、人間の生活にとっていいことかもしれないけど、リスクが大きすぎる」とイワン・ファルスは1995年の来日時のインタビューで答えている。
テクノロジーを否定するつもりなんて全くない
でも、僕はそれ以上に人の心を信じている
産業には電気が重要だってことは分かってる
でも、産業が未来を脅かすなんてあってはならないんだ
原発に関する情報を公開せよ
先進国の危険を回避せよ
見栄を張り続ける必要なんてない
原発建設の中止を望む
僕は太陽エネルギーの方が好きだ
僕は地熱エネルギーの方が好きだ
僕は風力エネルギーの方が好きだ
僕は潮力エネルギーの方が好きだ
原発には果たして、安全性に対するリスクを払うだけの価値があるのか。イワン・ファルスは曲中で、テクノロジーの存在を否定してはいない。産業に電力は不可欠であると認めてもいる。そして、その上で、太陽熱、地熱、風力、潮力といった代替エネルギーの存在を示唆し、原発リスクの回避を訴える。曲中で語られる原子力発電に対する彼の懸念は、その安全性という一点のみに向けられたものだ。
イワン・ファルスがこうした作品を発表した背景には、歌詞中で暗に語られるチェルノブイリ原子力発電所事故(1986年)の他に、当時インドネシアで持ち上がった原発開発計画があると考えられる。インドネシアでは原発の導入計画が1964年以降、四半世紀にわたってあたためられてきたが、政府が初の原発建設を決定したのは、イワン・ファルスが「プロジェクト13」を発表する2年前、1989年のことだった。
インドネシアの原発建設計画-スハルト大統領退陣のきっかけとなったアジア通貨危機の影響もあり、1997年に一時的に中止に追い込まれている-に関しては、日本も少なからぬ関わりを持つ。例えば、当時の建設計画の実行可能性調査(F/S)を受注したのがニュージェック(関西電力を親会社とする総合建設コンサルタント会社)であり、91~97年にかけて実施されたF/Sの費用15億のうち7億円が日本輸出銀行(当時)からの融資でまかなわれていた(なお、インドネシアの原発建設計画は2003年に再浮上し、現在も原発建設に向けた様々な動きが推進されている)。
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1995年4月、折しもインドネシア・ムリア原発建設計画の2000年着工が発表された2か月後、イワン・ファルスは2度目の来日を果たし、国内3カ所で公演を行なった。
この時、東京のクラブ渋谷クアトロで行われたライブの演奏曲目をみると、インドネシアで一般に人気のある曲というよりはむしろ、環境、開発、人々の現実といった強いメッセージ性を持つ曲が選択されているとの印象を受ける。その意味では-日本ではほぼ無名に近い自身の知名度を考慮した選択であるかは定かではないが-この選曲にイワン・ファルスが何らかの意味を込めていた可能性は高いといえるだろう。
そんなイワン・ファルスの「メッセージ」のひとつとして選ばれたのが、反原発ソングとして知られる「プロジェクト13」だった。イワン・ファルスは日本公演が行われた三カ所の会場すべてで「プロジェクト13」を歌い上げた。
1995年の来日時、イワン・ファルスはなぜ、演奏曲目として「プロジェクト13」を選んだのか。それは、インドネシアの現状を伝えるためというよりもむしろ、インドネシアの原発建設計画に少なからぬ関わりを持つ日本へ向けた辛辣なメッセージであったと考えるのは邪推が過ぎるだろうか。当時のイワン・ファルスの真意がどこにあったのか、「プロジェクト13」の歌詞の内容も含めて、今あらためて議論する意義は確かに存在している。
イワン・ファルスは1991年以来、原発建設には一貫して反対の立場をとる。前述の記者会見で「原子力をどうこうする以前に、我われはただのゴミでさえ未だに処理できていない」との発言を残しているが、これは、原発ありきで物事を進めるのではなく、代替エネルギーの利用や安全面への配慮、そして他の環境問題も含めた包括的な議論の重要性を示唆したものであるように思えてならない。
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2011年3月、東日本大震災の発生から一夜明けた12日、ツイッターを通じて、「日本の被災者に祈りを」とファンに呼び掛けるとともに、「原子炉は自然災害に耐えられなかった!」との驚きを表明したイワン・ファルス。先月2月末には2015年名古屋公演の決定も発表されている。
今年4月4日に予定される名古屋公演において、イワン・ファルスが1995年と同様、日本のファンの前で「プロジェクト13」を披露するかは定かではない。しかし、ただひとつ言えるのは、2015年現在、インドネシアには原子力発電所は存在していない。すなわち、自身8度目となる来日の決定が示す通り、冒頭で紹介した2004年の「公約」が現実のものとなることはなく、イワン・ファルスは今もなおファンの前でその雄姿を披露し続けているという事だ。
【引用・参考文献】
北中正和「インタビュー イワン・ファルス」『ポップ・アジア②』1995年7月、56‐57頁。
小島曠太郎「イワン・ファルス」『インドネシア ニュースレター』(Vol.1 No. 16 / June. 20, 1995)、15‐17頁。
田子内進「イワン・ファルス インドネシア音楽を知的に挑発する、ボサボサ髪の闘士」『ラティーナ』1995年7月号、4‐7頁。
“Iwan Fals: Berhenti Main Musik Jika PLTN Didirikan!”, Kompas Cyber Media,30 November 2004.
野川未央「原子力発電所」、村井吉敬ほか編『現代インドネシアを知るための60章』明石書店、2013年、311-315頁。
インドネシア人の本音@honnesia【ブログ更新!】 インドネシアの国民的歌手が歌う反原発ソング-イワン・ファルスと原発問題に寄せて http://t.co/7OIquowyyb http://t.co/dhdm35wtPJ
2015/03/11 21:42:11
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