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インドネシア雑記帳

ブログ「インドネシア人の本音」別館-インドネシア・メディア翻訳+管理人のアッチョンブリケ(備忘録)


ブン・カルノことスカルノはインドネシアが日本軍に占領された時、なぜ対日協力に踏み切ったのか。その経緯とはどのようなものだったのか。1942年初頭、日本軍がインドネシアへ進駐した時、ブン・カルノはスマトラにいた。オランダに流刑に処されたスカルノはエンデに始まり、フローレス、ベンクルと流刑地を転々とした。スカルノは当時、妻インギット・ガルナシとともに13年間にわたってジャワ島外へ追放されていた。 ...

片腕のない盲目の老人が必死になって軍服に身を包んだ。胸にはちぎれかけたゲリラ勲章がぶら下がっていた。彼の名はラフマット・シゲル・オノ(小野盛、95)。元日本兵であるインドネシア共和国独立の闘士だ。小野は現在、「インドネシア最後のサムライ」となった。小野と同様にインドネシア独立の闘士となった日本兵はおよそ千人にのぼる。「先週亡くなった友人はカリバタ英雄墓地に埋葬されました」と小野は話した。この友人とは2013年10月15日に93歳で亡くなった、シリワンギ師団ティルタヤサ部隊元隊員、ウマル・ハルトノこと宮原永治少尉を指す。 ...

韓国における日本軍の性暴力問題が両国関係に再び摩擦を生じさせている。日本政府は先週、駐韓大使と釜山総領事を一時帰国させると同時に、経済協力に関するあらゆる協議を中断した。これは、第二次世界大戦時に日本軍による性奴隷の犠牲となった女性を支える活動家が釜山の日本総領事館前に慰安婦像を設置したためだ。 ...

大東文化大学の押川典昭教授が中部ジャワ州ブロラを訪問した。今回の訪問はインドネシアの文豪プラムディヤ・アナンタ・トゥールの足跡を調査するためのものだ。押川教授は10月13日木曜日にブロラに到着した。翌14日金曜日にはプラムディヤゆかりの地を見て回った。押川教授はまた、プラム(プラムディヤの愛称)と家族の墓、旧ブロラ駅とバンクル駅なども訪問した。 ...

昨今のインドネシアにおいて日本軍政期は一体どのように捉えられているのでしょうか。当ブログではこれまでに、現地の歴史教科書、時事週刊誌、ネット掲示板などの翻訳(関連記事に関してはエントリー末尾のツイート参照)を通じてインドネシア側の見解を伝えてきましたが、今回は新たにコミックという媒体から、インドネシアにおける日本軍政期の描写を紹介してみたいと思います。 ...

ジャカルタ、コンパス-インドネシア語大辞典に収録された英語と日本語からの借用語の数が増加した。これは科学技術の急速な発展および日本ポップカルチャーがインドネシアへ流入したためだ ...

ドナルド・トランプが大統領に選出されたことで、日本は新たな困難に直面した。これまで培ってきたアメリカとの友好関係の再構築を余儀なくされたためだ。日本にとって、アメリカは最重要パートナーであり、東アジア地域における中国とロシアの優位を抑える上で最も頼れる存在でもある。しかし、トランプが選挙期間中に用いたレトリックは日本に懸念を抱かせるものだった ...

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